みなさん治療の際に痛みについて悩み、対応に難渋した経験があると思います。
そのため、もう一度疼痛についての生理学的知識を確認し、さらに除痛を図るための理論を学習し、治療に反映していけるよう知識の整理をしていきます。
国際疼痛学会による定義(1994年)
実質的あるいは潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはそのような損傷を表す言葉を使って表現される不快な感覚・情動体験
"痛みの分類
①侵害受容性疼痛
→健常な組織を傷害するか、その危険性を持つ侵害刺激が加わったために生じる痛み。
②神経障害性疼痛
→末梢あるいは中枢神経系そのものの機能異常による病的な痛み
③非器質性疼痛(心因性疼痛)
→器質的な損傷がないにもかかわらず感じる痛み
痛みの受容器
痛みを感じる侵害受容器は2つに分けられます。
①高閾値機械受容器
→Aδ線維を介して大脳に情報を送る。1次痛にかかわる。
②ポリモーダル受容器
→C線維を介して伝わる。2次痛を誘発する。
"痛みの伝わり方
末梢からの痛み情報は脊髄後角にある特異的侵害受容ニューロンと広作動域ニューロンに送られます。
①特異的侵害受容ニューロン
→痛みにのみ反応する。痛みが起きた場所を知らせる。
②広作動域ニューロン
→痛みにならない弱い刺激でも反応する。刺激の強度を伝える。
脊髄後角→対側の前側索=脊髄視床路の順番に伝わる
脊髄視床路は①外側路と②内側路に分けられます。
①外側脊髄視床路→視床→体性感覚野
⇒判別性の高い鋭い痛みを伝える経路
②内側脊髄視床路→脳幹→視床→大脳辺縁系
⇒鈍い痛みや情動的側面を伝える経路
発痛物質
組織の損傷が起こると・・・
①発痛物質(単独で受容体を興奮させる)が産生される
⇒ブラジキニン、セロトニン、ヒスタミン
さらに
②発痛増強物質(少量の発痛物質のみで痛みを感じる様に受容体にはたらきかける)も産生される
⇒プロスタグランジン、サイトカイン、サブスタンスP
炎症による痛み
①組織が損傷されることで炎症が生じる。
②ブラジキニンやプロトン、ATPなどの発痛物質が産生される。
③発痛増強物質のプロスタグランジン、炎症性サイトカインなどが放出され、絶え間なく自発痛が発生する。
④侵害受容器の過敏化により、痛覚過敏が起こる。
自律神経と痛み
①組織の損傷などに伴い、痛み刺激が入力される
②交感神経の活動性が亢進し、損傷部位の血管の収縮がおきる
③循環障害により、発痛物質が産生される
④さらに交感神経の活動が亢進し、痛みの悪循環が形成される。
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痛みと除痛:ゲートコントロール理論
痛みの強さは、侵害情報を中枢へ伝達する「T細胞」への興奮性入力・抑制性入力のバランスによって決まります。
興奮性入力は細い神経線維であるC線維やAδ侵害受容求心性線維から、
抑制性入力は太い神経線維であるAβ非侵害受容知覚求心性線維から、脊髄後根膠様質を介してT細胞に受け取られます。
ゲートコントロール理論では、脊髄後根膠様質にある「抑制介在ニューロン」がT細胞を抑制することができると考えられています。
痛みの抑制:下降性抑制
下降性疼痛抑制系とは、『中脳中心灰白質(PAG:periaqueductal grey)』からの下降性出力により、
脊髄後角における一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロン間のシナプス伝達を抑制し、
痛みの情報伝達をブロックする疼痛抑制機構です。
下行性疼痛抑制系に影響を及ぼす要素
①選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬
②オピオイド
③視床下部の弓状核(ARC)や扁桃体中心核(CeA)、視床束傍核、前頭前野、島皮質、網様体、青斑核からの求心性入力
選択的セロトニン・ノルアドレナリン阻害薬は、
伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンが神経に再取り込されるのを阻害する事で、
シナプス間でのセロトニン・ノルアドレナリンの濃度を高め、結果的に下行性疼痛抑制系を賦活することになります。
オピオイド
オピオイドは、中脳に受容体が存在しているので、直接的に下行性疼痛抑制系を賦活します。
オピオイドが発見された経緯:アヘンが痛みに効く→モルヒネの受容体が発見される→体内にもモルヒネ様の物質が存在している可能性が高い→発見
オピオイドはモルヒネと同じような性質を持つ物質の事です。
・内因性オピオイドの種類
→βエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンなど
・オピオイドの受容体は末梢神経では、1次侵害受容ニューロンの末端や脊髄後根神経節に存在している。
痛みの抑制理論
痛みは感情によって強くなったり、弱くなったりします。
ネガティブな感情
・痛みに対する『ネガティブな感情』『ノーシーボ』『歪んだ認知』など
→扁桃体を興奮させる→その興奮がPAGに入力される
→下降性疼痛抑制系による鎮痛効果が半減する可能性がある
ポジティブな感情
・「痛みは良くなっている」「先生に褒められた」「私は正しい治療を受けることができている」といった『ポジティブな感情』や『プラシーボ』『痛みに対する正しい認知』
→前頭前野や島皮質などを興奮させる→
その興奮がPAGに入力されると下降性疼痛抑制系による鎮痛効果が高まる可能性がある
術後からしばらく経過しても残存している術部痛について
①侵襲部位に有痛性瘢痕組織が出現している。
②術部周囲の侵害受容器の感受性が亢進している。
③脊髄内で感作が引き起こされている。
④体性感覚野の易興奮性が持続している。
⑤交感神経の過活動が遷延している。
筋肉痛
慣れない運動を行った後にみられる遅発性筋痛やスポーツ時に見られる肉離れは、
筋損傷の具体例であり、これはしばしば遠心性収縮運動によって引き起こされることが知られています。
痛みが出現する原因として、筋線維が壊死し修復する過程(1~2日後)に好中球やマクロファージが浸潤し、
貪食が始まると炎症反応のピークを迎えます。
一方、筋損傷の程度が大きいと筋線維の壊死にとどまらず、筋組織の断裂に及び、出血も見られます。
出血部位では炎症反応・血管反応が出現し疼痛が現れます。
夜間痛
眠っているときに体に起こっていることが、夜間痛を引き起こす原因にもなっているとされます。
①体温の低下による疼痛閾値の低下
②精神状態による疼痛閾値の低下
③抗炎症ホルモンの分泌量の低下
夜間痛の原因ははっきりとは解明されていませんが、以下の様な理由が関与しているのではないかと言われております。
①体温の低下による疼痛閾値の低下、②不快感、不眠、疲労 、不安等の精神状態による閾値の低下、
また夜間痛により更に不眠や疲労等が蓄積される事で悪循環が起こります。
③抗炎症ホルモンであるコルチゾールは夜間に分泌量が最も少なくなるとされ、
これが原因で夜間に疼痛が生じやすくなると言われております。
夜間痛の生理学
コルチゾール(cortisol)とは、別名、ヒドロコルチゾン(hydrocortisone)と言う、
脳下垂体の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)によって産生されるホルモン(糖質コルチコイド)のことです。
このホルモンは、副腎皮質で合成され、日内変動(概日リズム)により、血中濃度が時間毎に異なる性質を持っています。
コルチゾールの血中濃度は、朝の活動前に高くなり、その後緩やかに減少して、夜間に最も少なくなると言われています。
このコルチゾールは、体内では、抗炎症ホルモンとして働きます。そのため夜間の分泌量が減る事で痛みが増強すると言われています。
疼痛の閾値について
閾値を低下させる因子
・不快感、不眠、疲労
・不安、恐怖、怒り
・悲しみ、うつ状態
・倦怠感
・内向的心理状態
・孤独感
・社会的地位の喪失
痛みと交感神経の関係
痛みの入力により交感神経が興奮すると、血管の収縮に伴う虚血痛や筋肉の攣縮痛、
さらには血管から分泌される物質による炎症性疼痛が生じます。
虚血状態は組織の酸素欠乏状態をもたらし、発痛物質や痛みに関連した代謝産物を蓄積させ痛みを増幅させます。
また、交感神経の興奮自体が知覚神経の過敏化をもたらします。
これらの現象により、原因となった痛みより、程度や範囲の点でさらに強い痛みとなり、性質も変化していきます。
慢性疼痛
慢性疼痛は、「急性疾患の通常の経過あるいは創傷の治癒に要する妥当な時間を超えて持続する痛み」と定義されています。
→実際の臨床場面では、完全な障害部の治癒ということを前提として、急性痛と慢性痛を鑑別することは困難です。
・末梢組織における慢性的な痛みの機序
→損傷された組織は、線維化や瘢痕化する
↓
瘢痕組織内に神経が再支配する際にカルシトニン遺伝子関連ペプチドやサブスタンスPが増加する
↓
末梢部位での慢性的な痛みが起こる
・脊髄の機能変化と痛みの慢性化
→脊髄内に存在する脊髄視床路細胞に持続的に侵害インパルスが入力される
↓
感作や可塑的変化を引き起こす
↓
正常状態では反応しない弱い侵害刺激にも応答するようになり、さらに当初は反応しなかった感覚領域にも反応を示すようになる
関連痛
痛みの原因となる部位と、痛みが発生している部位が一致しないことがあり、このような痛みを関連痛と呼びます。
たとえば
狭心症や心筋梗塞では上腕部、左前胸部、肩、首、顎等に生じる痛み。
アイスクリームを食べた時のこめかみ、側頭部の頭痛。
関連痛は、皮膚からの情報と内臓からの情報が脊髄で近傍のレベル(近傍の脊髄分節)に入るときに起きます。
心臓からの痛みの情報はT1からT5の範囲で脊髄に入るので、心臓の前面の胸部(T3-T5)だけでなく、
C5からT2のレベルで脊髄に入る肩から腕にかけての領域に痛みを感じることになるといことです。
脳内には身体部位が再現されており、末梢における刺激部位と脳内の身体部位とを照合し、
感覚が生じる部位が定められています。
しかし、脳内には明確な内臓の位置情報がない。
そのため内臓に生じる刺激は誤認が生じる可能性が高くなります。
内臓痛と皮膚の痛みは上行性伝導路を共有しています。(内臓痛だけの痛覚伝道路はない)
痛みと情動
「痛み知覚は情動との関連性が高く、痛み知覚に影響を与える心理的要因としてリラクゼーションは痛み知覚を軽減し、
痛みに対する恐怖感や不安、抑うつは痛み知覚を増強する」
情動とは、「怒り、恐れ、喜び、悲しみなど、比較的急速に引き起こされた一時的で急激な感情の動き」
情動状態は痛み知覚に影響を与え、不安や恐怖は痛覚閾値を上げたり下げたりします。
不快な出来事のおきた日とその翌日には痛みの程度が増大するがネガティブなライフイベントを経験していない、
あるいは社会的サポートの得られている場合には、痛みの訴えは増加しません。
感情的なストレスにより視床下部を通じて交感神経活動が亢進すると、神経末端からノルアドレナリンが血中に放出され、
神経や一部の侵害受容器を刺激し、痛みが生じます。
自己鎮痛
人間には痛みから逃れるための防御機構(自己鎮痛)が備わっています。
セロトニンは中枢では痛みに関係する神経の活動を抑制します。
特に痛みが強いときには、自らその痛みを抑えようと、脊髄後角にたくさんのセロトニンが放出されます。
しかし怒りや不安、抑うつなどの感情的ストレスが生じることでセロトニン神経の働きが抑制されると、
セロトニンがほとんど分泌されないため、自己鎮痛が起こらず、普段より痛みを強く感じることになるのです。
痛みにより精神的に不安な患者様に対し、一つの方法として十分にコミュニケーションを図り、
痛みを共感・理解してあげ、精神的に安心させることが痛みの予防につながるでしょう。
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心因性疼痛
心因性疼痛とは、身体表現性疼痛障害とも呼ばれ、明確な痛みの原因が身体的には存在せず、
精神・心理的な要因によって生じる痛みのことです。
心因性疼痛は感情・情動面に重きが置かれる痛みでストレス、精神心理的葛藤、抑うつなどが関与しています。
心因性疼痛への治療
●薬物療法
抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬の使用。痛みの症状が強い場合にはセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が使用される。
●精神・心理療法
症状の原因となりうるストレスについて理解する。痛みに対する感情をコントロールする。
例)自律訓練法、バイオフィードバック療法など
●認知行動療法
痛みの発生には過去の情動体験が大きく関与する。痛みに対する正しい知識を教育したり、
痛みに対する歪んだ認知を修正することで、痛みをコントロールする方法。